読売わんわん

売ってません

始まり方

 僕が彼女のことを好きになったのは、彼女が帰り道、解けたトレンチコートの紐を左手で握りながら歩いていたからだ。

 彼女は右手で濡れた折りたたみ傘を持っていて、横断歩道で立ち止まったとき、少し迷ってから右手の甲で頰を掻いた。僕は彼女の後ろをつけていったわけだが、駅に着くと彼女は新しく出来た新幹線の写真が印刷された大きな看板にリュックを立てかけ、紐を結び直しはじめた。あまりきつく締めるものだからトレンチコートはまるでカーテンのようになってしまった。